けむり

10月19日(金) 

ロミちゃんの葬儀へ
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守山駅からタクシーで式場まで
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9:30 式場着
しても しても し足りない別れを
長男さんが、、 孫さんが、、

御棺の中のロミちゃんに
している

控室で見た 次男のお嫁さんの数珠入れ
「あらー 私のと一緒」

ロミちゃんが作ってくれたものだった
何だか二人でうれしかった

大事な人に呉れたのかも、、、と。
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告別式のあと 火葬場へ向かう
写真を持つ孫さん
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火葬場の前室で
本当に最後のお別れ

ロミちゃん先に いってらっしゃい
私も程なく 行くし、、、ね
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火葬を待つ間 ロミちゃんの話をした
海軍だったお父さんが戦死

若かったお母さんは乳飲み子である
彼女を置いて再婚

彼女はおばあちゃんに育てられた
高校生の時 そのおばあちゃんが亡くなり

彼女は天涯孤独になってしまった
その頃からの友達だった私達

高校を卒業するまで遠縁の農家に
世話になって

その農家の長屋門に住んだ
そこに訪ねて行って泊まった思い出

始末屋さんだったその家では
彼女が制服のワイシャツに

アイロンをかけるのも
ぜいたくやと電気代を惜しんだ

梨農家での朝は
落ち梨を拾って袋に入れ

登校前 高校の裏山で
二人で何個も食べた思い出

生来の向日性をもつ彼女は
バレーボール部に入り

彼も出来て 楽しい悩みを
聞かせてもらうのは私の係だった

卒業後は家庭科の先生の紹介で
薬局に住み込み 

夜は店番
昼は洋裁学校に通っていた

閉店時間の9時に
自転車で彼女を迎えに行き

向かいの寿司屋で
握り寿司を買って

持ち帰り
家に泊まった思い出

名古屋での結婚式に
一人で旅立つ彼女を

鳴門の水中翼船乗り場から
見送った思い出

もう 五十五年も昔のことなのに
鮮やかに蘇る



そんな時
ご主人が外から帰って来た

「煙でも見えるかと 
外回りを巡ってみたが

なあんにも 見えませんわ
今は煙も出さんのやね」と言われた

煙までも見届けたい
ご主人の心境を思った

お骨は大小二つの壺に収めた
小さいのは高野山におさめるそうです


大きい方の骨壺は
長男さんに抱かれて帰った
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再び式場に帰って
初七日の法要
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菩提寺の若い住職さんは法要の後
彼女の思い出を話した

彼岸 盆 暮れのお参りの後は
毎回 昼食にカレーをいただいておりました

ちょっと時間が早いかなと思う時は
もう一軒 よそさんをお参りして

時間を合わせて、、
お参りさせてもらったんですわ、、と

そういえば 今年の8月のお参り時は
「 今年は レトルトにしたんよ
 しんどくて 作れなかったし、、
 でも無事にお参りしてもらえて
 よかったわ」、、、と

彼女は電話で言っていた



お葬式の残りの花束
他の人はいらないというので 

長男さんと私とが
貰って帰ることにした

猫を飼いだしてから
トイレ以外 飾った事が無かった

貰って帰っても家で生けられるか?と
心配しながら、、

4時すぎ 守山の駅着
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新大阪までは どうにか順調だった
そこから吹田へ帰るのが大変だった

山陽新幹線で5:30頃 人身事故があり
その影響で 新幹線のみならず

各沿線が大渋滞した
ぎゅうぎゅう詰めの電車をやりすごし

ぎゅうぎゅう詰めのバスもやりすごし
(タクシーは出払っていない)

自宅へ帰れたのは8時を回っていた
1時間半は余分にかかった

最後の最後が一番疲れた、、けど

もう明日からは行かなくても
いいんだった
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