関西からの車泊旅 八王子から横浜あたり 13 記念艦・三笠

11月16日(金) 7日目の1

横須賀上りPA(横浜横須賀道)の朝 気温10℃

夜中 マフラーに細工したうるさい車が入って来たが
10分程でPAを出て行ってくれた

朝方は冷え込んだ
画像

ラジオでは衆議院の解散のニュース
 
9:00  PA発 横須賀ICから、、 250円(深夜割引50%)
画像


9:10  本町山中有料道 現金200円支払い(ETCは使えない)
画像

      横須賀市内へ
画像


三笠公園近くの駐車場に車を入れ
記念艦・三笠を見に行く
画像


入館料 シルバーは400円
画像


三笠は水に浮いているのではなく
船の下半分はコンクリートに埋まっています
(船の後方を撮る)

なんだか 船としては可哀想な佇まいですが、、
100年以上も前の戦艦で残っているのは三笠だけだそうです
画像


三笠の歴史
   1902年(明治35年)   海軍力増強のため英国にて建造

   1905年(明治38年)5月日本海海戦での連合艦隊の旗艦として
                    ロシアのバルチック艦隊を全滅させる
(三笠の死者113名)
   
    同年          9月 日露戦争終結直後
                     佐世保港にて爆発事故で沈没
(三笠の死者339名)

   1908年(明治41年) 引き上げ修理の後 現役に復帰

   1923年(大正12年) ワシントン軍縮会議により廃艦

   1925年(大正14年) 記念艦として横須賀に保存される事に
                 
                 船の周囲に大量の砂が入れられ
                 下甲板にコンクリートが注入された、、、、
                 
                第二次世界大戦後は荒廃していたそうです
                甲板上が米軍の娯楽施設になったり、、、

                朝鮮戦争の頃には艦内のめぼしいものは
                売られたり 盗まれたりで 何にもなくなっていた
   
               三笠の惨状に海外、国内の人達が立ち上がり
                復元に努力して
   
   1961年(昭和36年) 今の姿に復元された
                 
                 復元に尽力した中に
                 アメリカの太平洋艦隊司令長官だった
                 ニミッツ元帥がいたそうで

                 東郷元帥を知る彼は
     
                 横須賀にあった廃艦1隻を 寄付し
                 それをスクラップにした代金
                 3000万円が三笠の復元費用になった

    まあ それ位 インパクトを与えた戦艦っだったし 東郷元帥っだったし 
    世界史に残る 日本海海戦の作戦行動っだった、、と言う事なんでしょうか

    そういうこと なあんにも 教わりませんでしたね
    戦後教育というのは 戦前の全てを否定する事から
    始まったんですね

   船内の日本海海戦の説明パネル
画像


海戦や作戦に興味は無いのですが
まあ 見学します

砲台の備えられた甲板
画像


(カメラの向きは)船の舳先の方
画像


こちらは船の後方
現在の甲板の構造物、砲台などはすべて レプリカだそうです
画像


上へのぼります
画像

 
戦闘時の指揮 操舵を行う為の司令塔
外を見る為のスリットがある
最重要エリアだそうです
画像


画像


上の部屋には信号旗を置く棚
画像


舳先の先 白い建物が並ぶのは
米海軍横須賀基地
画像


右舷側
画像


後方の右舷側からのぞく
猿島や
画像


遠くには観音崎
画像


(望遠で)
猿島は 東京湾 唯一の自然島だとか
画像


(艦内後部) 浴室
画像


長官私室
画像


長官公室
画像


と、、見て回り 外へ
画像


画像

画像


東郷司令長官の像の建つ 
画像

三笠公園を後にする
画像


11:00 三笠公園第三駐車場 料金は800円 
      これから 城ヶ島に向う
画像


   14 城ヶ島 に続く