関西からの車泊旅 八王子から横浜あたり 7 氷川丸

11月14日(水) 5日目の2

       山下公園に係留されている
       日本郵船氷川丸を見にゆく
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       一般200円 シニアは100円
       ダンナは「ヘイ!」と 帽子をとったら
       それだけで 証明充分でしたわ

       受付のお姉さんに笑ってもらって 100円でした
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乗船口  見学者は少なそう 
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   氷川丸は12000トン級の豪華貨客船
   
   1930年(昭和5年 )シアトル航路に処女航海
   
   1932年(昭和7年 )喜劇王チャプリンが乗船
                日本船の静かで家庭的なサービス
                が気に行っていたそうです
                
   1941年(昭和16年)シアトル航路閉鎖
                日本海軍に徴用され病院船として傷病者を運ぶ

                終戦後 1万トン以上の船で無傷で
                残ったのは氷川丸だけだったそうです                

                戦後は引き揚げ船として働き

   1950年(昭和25年)日本郵船の国際航路に復帰
   
   1960年(昭和35年)航空機の発達により 運航終了
                 山下公園に係留されユースホステルに
   
   2008年(平成20年)日本郵船が10億円をかけて
                船体の修理、内装の修復をして公開

以上の来歴はエントランスロビーのビデオで見せてもらった
予備知識を得てから 見学

木馬がおいてある 1等児童室
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室内の壁の絵は遊ぶ子供
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落ち着いた雰囲気の社交室
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曲線が優雅なドア
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エントランス
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天井のモダンな喫煙室
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1等客室
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美しいステンドグラスの窓は
1等特別室の寝室
チャップリンはこの部屋で泊まったでしょうか
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同じく居間
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ちなみに1930年当時の運賃は

1等船室で横浜からシアトルまで500円
(1000円あれば家が1軒建つ、、と言われた時代の
500円です )

屋外デッキにでてみます
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みなとみらい21の建物群がみえます
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望遠ではこの位に
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Nデッキから
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操舵室の窓から
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操舵室
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船首のずっと先にはベイブリッジが
かすかに見えます
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眼下に入って来たのはシーバスのようです
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デッキを下って
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機関室の中を見学させてもらいます
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8気筒デイーゼルエンジン2基を搭載、、だそうです
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ダンナがみているのは巨大なクランク室
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機関室は上段 中段1 中段2 下段になっていて
私達がいるのは下段
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ウオーターラインレベル
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奥の赤いラインで示した所が海水面だから
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今、いる所は水の中、、やな、、、
てな体験をして
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最後に三等客室を見学

定員は 3等 186人 だったそうです
     (1等は76人、2等は69人 )
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当時
   積載能力とか荷役装置
  北太平洋の荒天に耐える構造
   最先端の救命防災設備、、、などによって
   世界最高水準の優秀貨客船と認められていたそうです

神戸、横浜、シアトル間を2週間で運航

戦前 戦中 戦後の時代に責務を果しながら
生き抜いた船は

日本の造船技術や
客船の室内インテリアを

今に伝える産業遺産として
横浜市の文化遺産になってるそうです



その氷川丸を後にして 
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中華街へお昼を食べに行こう

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    8 中華街から大さん橋 に続く