その背後の断念や諦観

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今朝の新聞から、、、

この暗澹たる2009年を振り返って、、どうだった?、、という

アンケートをとったところ

意外にも「いい年だった、、」と言える人が過半数もいた事

逆に「いい年ではなかった」人たちの不幸せの実感はのたうちまわっても

どうする事もできない重いものばかり

失職して金銭的に追い詰められている人達の

無力感に胸を塞がれるような後味のコメント

おびただしい数,寄せられている、、という


「いい年だった」と思う人の大多数は「無事平穏」や「無病息災」を

ありがたがっているのだとか、、、


紙上では精神科医が「無力感」について述べている

人の行動原理や感情の多くが「無力感」に根ざしていて

人間の宿命でもあると、、、

親の期待に背いたり 目的を達成できなかった事などから

自己嫌悪や罪悪感を派生させつつ、心の中に巣くう。

あるいは、無力感ゆえに自分を肯定出来なかったり

逆説的に自分をいとおしく感じたりすることが

心の複雑さを作り出している

この無力感と折り合う工夫と戦い、、の連続が

人生なのではないかと、、、

無力感への対抗手段として

「高望みをしない」

「手近なところで幸せを見つける」

といったやり方がある

分をわきまえるといった思想にちかいのかもしれない

そのような人はいつでも、生きているだけで「今年はいい年だった」

となるし

「きっと 来年はもっと良くなる」と考えることができる

ただし その背後には断念や諦観があるのかもしれない

、、、、、、とありました