半径10メートル日記

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<<   作成日時 : 2013/10/24 02:56   >>

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10月16日 故郷の友人に逢うため
       JR大阪駅に
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「フラワーアートミュージアム」、、とかの催しで
駅の広場は花畑になっていた       
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JR大阪駅(正午)発の徳島行き高速バスに乗る予定
軽くサンドイッチとコーヒーの 昼食をとった

この時のコーヒーが めちゃめちゃ熱くて 口の中を火傷した
この後1週間 口内炎に悩まされたのだった
(幸先わるかったなあ)
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この時間発の阿波エクスプレス号は
乗客5,6人でガラガラだった

大阪から徳島鳴門まで2時間ちょっと
明石海峡大橋を渡れば
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40分位で高速鳴門に着く
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友人宅に荷物を置いた後
変わった故郷をドライブしてくれた

「徳島阿波踊り空港」、、とかの 商売根性丸出しネーミングは
私には やや違和感ありだが、、

四国には四国中央市とか、、その手の最たるものもある

それにしても 即物的で歴史や風土の匂いのかけらも無い事よ!
誰がOK出したんだろうなあ

連れてきてもらったのは空港に隣接している
「月見ヶ丘海浜公園」
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ここには
 
 「海原や 月さしのぼる末晴れて
           まちかくなりぬ 紀路の遠山」という

土御門上皇の 歌碑が建っていた

鎌倉時代 承久の乱の末 82代天皇だった後鳥羽院は隠岐へ
                83代順徳院は佐渡へ
                84代土御門院は土佐から阿波へ配流された

その阿波の地の 月見ヶ丘で 紀伊水道の彼方 紀州の山並みを眺めて
望郷の想いを 歌われたというのが上記の歌

27才に流され37才でこの地で崩御されたが 
その歌は心に残るものが多い

私達は月ではなく 夕日を眺めて
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帰途へ
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翌日は「ドイツ館」 道の駅「第九の里」へ
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第一次大戦後、ドイツ人捕虜収容所があったところで
その人達によって[交響曲第九」が

日本で初めて演奏されたという 記念館
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あと近くの 大麻比古神社と
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その御神木
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ドイツ人捕虜が帰国の前に作ったという
「ドイツ橋」を見せてもらった
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その後 高速鳴門 17時45分発のバスで帰阪
大阪駅20時着の予定が 渋滞で15分ほど遅れた

帰りのバスはサラリーマンで 満席
私は鳴門のバス停にスカーフを忘れた

ベンチが冷えるので お尻に敷いていたのやけど
バスが来た途端に忘れてしまっていた

まあ 年や しょうないわ
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自宅には9時過ぎ帰着
道の駅「第九の里」で友人が買ってくれたおみやげは

阿波三盆で作った干菓子
上品なおいしさでした
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